少年はいつものように一人でクラブハウスへ向かった。彼にとっては一人で行くのも友人と行くのもあまり違いはなく、とにかく「音」を聴きたかった。それは家のスピーカーではなく、クラブやライブハウスという現場で聴くもので、身体で音を体感するのが好きだった。少年の父親は音響好きだったから、小さい頃はよくクラシックを聴いたりし、その後もずっと、音楽の歌詞というものを気にしたことはほとんどなく、とにかく「音」を聴いていた。
少年はこのクラブハウスへは初めて来た。いつも行く場所と同じくらいの大きさのハコだった。そしていつも通りビールを飲みながら、音の中で身体を揺らしていった。このクラブの音も悪くないなと彼は思った。夜中の1時をまわったころ、今日のメインのDJに変わったようで、人の数もかなり増えていた。100人くらいはいるのだろう。深夜、眠りについた都市の、その地下では、こうやってたくさんの人が踊っている場所があるのだ。
深夜3時ごろ、少年はやや疲れ、音ハコの外へあがりコンビニへ向かう。10月になり秋の夜は肌寒い。熱いお茶とそれから煙草を買った。この時間でも街の人通りはある。すぐ近くでは、黒人系の外国人と日本人の女性、そしてその友人らしい男2人が激しく喧嘩をしている。路上こそ、本当の劇場なのかもしれない。そう思えた。
音ハコの中に戻ると、人の数はだいぶ減っていた。DJも別の人に変わっていた。でも少年にとってはさっきまでのメインのDJよりもむしろこっちの音の方が好みだった。休んだのもあって体が軽い。一気に勢いづいて踊り続けた。すぐに汗ばみ、少年の身体は、頭、体、手足、そして指先から足先までも、音に共鳴していった。
人数は徐々に減っていったが、彼は気にしなかった。少年はそのDJのその音が好きだった。夜が明け始める頃、クラブハウスの客は彼一人になっていた。そして、たった一人のダンスフロアで、ただただ踊り続けた。
もうどのくらい踊っただろうか。踊りながら、これまでの過去の映像が次々と浮かんできた。ずいぶん昔のことでも、忘れたようで、実は自分の中に残っているらしかった。でも、それはちょうど、人が死んでしまう直前に見るようなものかもしれなかった。
ラストの曲も終わった。彼はDJのところへ行き「よかったです。」と言いながら握手をし、そのたった一人のお客さんはクラブハウスを出た。
早朝の街には、誰もいなかった。
その後、どう帰ってきたかはわからない。目が覚めると、家のふとんの中だった。日曜日の昼近くだった。
[2008年10月26日]