幻庵 [2010.12.04]

幻庵は、まだあった。
行く前日の夜、今はどんな状態だろうと想像すると少し怖くもあった。
榎本さんが亡くなったのは、4年程前。
今は、場所すら、覚えているか怪しい。

折り畳んだ自転車を担いで、電車で大海へ。
駅へ着くと、記憶が戻った。まだ忘れていないようだ。

幻庵へ。橋は、奥さんから聞いていた通り、台風で崩れていた。
裏側の川を渡ることに。一番始めに来た時に見つけたルート。
幻庵への道は、苔のじゅうたん。
しかし、苔は踏まないように進む。
何も変わっていないのだろうが、どことなく静か。
ほぼ、正午。
丸い小窓から中を覗くと、ステンドグラスの光が壁に差していた。
黄色、オレンジの光。
榎本さんは、この光を眺めて過ごしていたのだろう。

裏へまわる。
パイプの上へ上がるステップを発見。
その上部は紅葉した木々。
まことに勝手な考えかもしれないが、榎本さんが、遊んでいいよ、と言ってくれている気がして、幻庵の屋根に登ってみることにした。
落っこちそうでやや怖い。
夏の暑さ対策のためであろう、散水用にスプリンクラーが設置されていた。

と、そのとき、幻庵が動き出した。
突然、幻庵は前進しだした。
僕を屋根に乗せたまま、空も飛んだ。
これは一瞬の錯覚だった。が、非常に楽しく、ワクワクした。
幻庵が森の中の宇宙船のように感じた。

また広場へ。
緑の森の中に、黄色く紅葉した木が数本、広場を囲んでいる。
その配置がよい。
榎本さんがやったのかもしれない。

幻庵の階段をあがって、広場を見る。
瓶が一つあり、水が張ってある。
その水面に、陽の光が反射し、幻庵の内部へ。
天井に、ゆらゆらとした丸い光。

なるほど、と思った。
この水瓶も、榎本さんの遊びだな。
詳しいことはわからない。
直接ステンドグラスから差し込む光に少し飽きて、水に反射する光も楽しんでいたのか。
あるいは、あの位置に置いた水面に太陽の光がうまいこと差す瞬間があるのかもしれない。
一年に一回かもしれない、その光を見るのを、楽しみしていたのかもしれない。

榎本さんのいない幻庵に行って、思わぬ遊びを発見できた。
帰りがけ、以前来たときと同じように川の水で顔を洗う。
水が冷たく、目が覚めた。
幻庵はまだここにあるんだ、と嬉しくなった。